Wakkanai (前夜)

対向車のヘッドライトが雨に乱反射してセンターラインを消すくらいに日常と非日常が乖離していくような不安定な思考の中、好きなお笑い芸人がオールナイトニッポンから季節外れの曲を流す。


 一日中降っていた雨が徐々に強くなっていき、いつものように雷警報が道南地区に発令される。 1年間待ち望んだ夏の一人旅がまた始まる。 三日分の下着とTシャツと買ったばかりのthe Norht Faceのジャケットと歯ブラシと3冊の小説をバックパックに詰め込んだ。


愛車のフィットは後部座席が完全にフラットに倒れる。レジャーシートと毛布を積めば車中泊が容易にできる。今回はビアンキのロードバイクを後部座席に詰め込んだため、車中泊は少し窮屈になりそうだが、好きなものに囲まれた車内は移動式秘密基地だ。車を手に入れた時、同時に完全な自分のためだけの空間を手に入れたことで、自由の幅がグッと広くなった。  


車の借金は未だに完済できていない。 経済的自立と我儘を天秤にかけて、今日も親のスネをかじることでそのバランスが絶妙に保たれている事に妙な安心感を感じるほどに、僕はゆとり世代だ。Goodbye Heisei, Welcome Reiwa. 


二人で夢見た将来像が僕の勝手な理想像にすり変わって、それから実像を持たないまま朧げな空想が毎晩の妄想になって、徐々に詳細を欠いていき、忘れるたびに思い出せなくなっていってから1年が過ぎた。”どんどん好きになって、どんどんダメになった。”3年前のCity Popが頭に流れる。 


まとまった休みが終わるたびに、どうせ慌ただしく日常が始まって、この充実感が失われていくことは経験から知っているので、どんなにハメを外したって、飲めない日本酒に高いお金を払ったって、古い悪友と女遊びにお金を使っても、僕たちは割と簡単に日常に戻ることができる事を社会人になってから学んだ。旅の恥は掛け捨て。使い方はきっと間違っている。


 村上春樹の小説を読むたびに、その掴み所のない主人公に自分を照らし合わせて、自分の現状を少しでも正当化したとしても、翻訳された日本語字幕のようなセリフを口にできないくらい、僕は凡庸な人間なのだ。 


 北海道の最北端にこれほどまでに惹かれるのは何故だろう。


 ロシア語の混じった交通標識に妙な親近感を感じるのは何故だろう。 


昔、ロシア人漁師と日本人女性の間に生まれた強い栗色の瞳をした女性と出会ったことがある。 髪の毛の遺伝子と瞳の遺伝子は、肌の色と違って、どちらかの遺伝子が子供に遺伝するらしい。彼女の瞳と髪の毛は完全に日本人の遺伝子から来たものだったが、僕には彼女がネイティブアメリカンのような強い意志を持ちながらも、どこかそのアイデンティティを手持ち無沙汰にしながら現代を彷徨う彼女の生き方に強く惹かれたのを思い出す。 


 あれから約1年。 


 彼女はまたあの居酒屋のカウンターでうたた寝をしているだろうか。 缶ビールを飲み干して、明日僕はまた旅に出る。

Ryosuke Takahashi

オンラインシェアハウス Kaede Apartmentの管理人です。
95年 北海道生まれ、道南在住
趣味は、旅、映画鑑賞、読書、カフェ巡り

0コメント

  • 1000 / 1000

Kaede Apartment

2020年5月に始まったオンラインシェアハウスです。