feel the nature

嗚呼。誰もが皆、生きながら同時に病んでいる。それぞれの傷を抱えながら懸命に今を過ごしている。見つめている。自分の傷をないものとして気づかないうちに蓋をしている。本当に分からないもんなんだ。感情に蓋なんてしてるわけがない。自分は比較的、開放している人間だと思っていたし、その都度感情と向き合ってきたつもりだった。ある意味そこには絶対的に近い自信があった。そこを突かれる日が来るなんて想像もしてなかった。「もっと本気で、生きることについて考えられるんじゃないですか?」拍子抜けした。ぐうの音も出なかった。いくら頭をこねくり回してもしても答えは出なかった。でも今日、予定をパンパンに埋め、空白を無かったことにする自分がいることに気がついた。何かに没頭しようとすることで、生きる意味に正面から向き合うことを無意識に避けていたのかもしれない。本を読み、ネットフリックスを観て、サーフィンをやる。言い換えると、知識やストーリーを頭に入れ、自然と共に身体を動かす。こういった行動は見方によれば、無条件に過ぎ去る時間を習慣によって、惰性で過ごしているともとれる気がする。結局人生なんてものは壮大な暇つぶしにすぎないんだと感じる自分もいる。与えられた時間をただよくわからないまま消費していくだけの空虚なゲームなんじゃないかなんて思ってみたりもする。自分の存在について想いを巡らせば巡らせるほどよく分からなくなって、頭がパンクしそうになる。簡単に表現させていただくと、「まじで、意味わかんねーよばーーーーーーーーーーーーか」みたいな感じになったりもする。「幸せとは常に相対的なものでしょ?ねっ?」人を想い、関心を寄せる。理解できなくても理解しようと努める。その人のストーリーを聴く、考える、入り込もうとする。干渉ではなく、寄り添う。ジャッジではなく、アクセプト。共感しようとする力・意思。追体験する。自分自身に対しても同じこと。自分自身に関心を寄せてあげる。どんなに小さな声も逃さない。無かったことにしない。無視しない。大切に扱ってあげる。女性の肌を優しく撫でる時のように自分の感情にも優しく寄り添ってあげる。感情はMessageだ。自分だけの羅針盤だ。そこにしか答えはない。絶対解はない納得解しかないんだ。そこが全てだ。そこに集約されている。無理に合理化しない。社会に適応させようと意思に反して勝手にカスタマイズしない。生まれたまんまそのまんまで育てていく。赤ちゃんだってそうだよな。お母さんのお腹の中から出てきて、いきなり最新のテック技術を用いてあれこれ身体をいじられたらたまったもんじゃない。どこまでいっても自然界、在るがままの存在には敵わない。自然を見縊るな。自然から生まれた生命を、人を、自分を舐めるな。目に見えない波長を感じろ。頭で考えるな。心に聴きなさい。常に新鮮なワクワクを取れ。フレッシュでいろ。子供みたいに自然と一体化しよう。そこに自分の答えがある。つながりたいんだ。自然と人と自分と。求めているのは一体感、連帯感なんだ。real connection.信頼・安心。最後は常に決まっている。自然に還るだけだ。いやもはや自分たちが自然の一部だから何も変わらないのかもしれない。feel the nature

Taro Yukino(雪野太朗)

Taro Yukino(雪野太朗)
95年お茶の国生まれ。お茶の国在住。リーマンしてます。
本とパフェとアイスランドが好きです。
エッセイ、紀行文、短編小説がメインのお部屋となります。
サメに噛まれるのが怖くてやれなかったサーフィンを始めた男です。明日天気になあれ。

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