星空の贈り物 - A Gift of Stars -
郵便受けに不在連絡票が溜まっていくのとほとんど相対的に疲労が重なり、2週間前に出し損ねた空き瓶のゴミ袋が玄関の風景に馴染んできている。
長い雨の季節がようやく終わりを告げたが、曇り空が続き、戦後以来最も日照時間の短い夏になるだろうと今朝のニュースでアナウンサーが告げていた。
今年の天の川はどんなだろうか。
1年に一度会うことを許された織姫と彦星のセンチメンタルな物語は、梅雨時に綺麗な星空を見ることができる奇跡のような喜びをより深く味わうためのストーリーだそうだ。しばらくゆっくり夜空を眺めることも忘れていたかもしれない。ちょうど明日が空き瓶回収日だということを思い出して、重いゴミ袋を持って玄関のドアを開ける。湿気が混じった夜風が吹いた。今日も星は見えそうもない。
数十メートル先のゴミ捨て場に空き瓶の軽い音がする。
瓶ビールとワインの空き瓶が街灯に照らされて自分の姿を反射する。
「ボトルメールを知っているかい?」
骨董品屋のおじいさんが首から下げたメガネを掛けて、優しい口調で話しかける。
「あれは、何年前のことだったろうか。もう何十年も前かもしれないね。この街の海岸を散歩していたら、この瓶を見つけたんだよ。コルクの蓋がしっかりしまっていて、中には小さな紙が入っていたんだ。何だかお宝を見つけた気分だった。」
おじいさんは空になった瓶を手に取って、懐かしそうに話し続ける。
「コルクを開けて、小さく折り畳まれた紙を出してみると、それは綺麗な字で書かれた手紙だったんだよ。何だか見てはいけないものを見てしまったような気がしてね。」
「なんて書いてあったんですか?」
少年が尋ねる。
「愛する大切な女性に書かれた手紙だったよ。私が開けるべきではなかったんだろうけどね。でも、そのまま持って帰ってしまったんだよ。それから、手紙はどこかに行って、今は瓶だけ、ずっとこの場所に置いているんだよ」
「その瓶、僕に売っていただけませんか?実は今日、僕の大切な人の誕生日なんです。」
少年は骨董品屋のおじいさんに尋ねる。
「いいとも。ただし、お代はいらないよ。持っていくといい。」
少年はぴったりのプレゼントを見つけた事に喜んで、骨董品屋さんを出ていく。
「プレゼントっていうのはね。何をあげるか、よりも、その人が喜んでくれる姿を想像しながらプレゼントを選んだ時間が大切なんだよ。」
おじいさんの笑顔に背中を押されて、少年は空き瓶を抱えてお店を出ていく。
ふと、そんなシーンを思い出した。
子供の頃に読んだ絵本の一節だ。線画で書かれた、綺麗で優しい挿絵のある古い絵本だった気がする。
少し遠回りをして家に帰ろう。
絵本の情景をゆっくりと思い出してみる。
日が暮れて、星空が見え始めた街の灯りの中を少年が歩いていく。
今日は、少年の大切な女の子の誕生日。
彼女がこの世に生まれた、一年で一番大切な日。
石畳の目抜き通りを少年は歩いていく。
ポケットのコインは、多くはないけど、このお金で素敵なプレゼントを彼女に渡したいと強く思いながら少年は街を歩いていく。
ショーウィンドウの灯りが少年を誘う。
彼女が喜んでくれるプレゼントは何だろう。
綺麗なドレスだろうか。
赤い靴だろうか。
それらは、少し高すぎて少年には買えない。
隣のお店に行ってみる。
チョコレートのいい匂いがする。
彼女の好きな甘いお菓子もいいかもしれない。
綺麗な包装紙がキラキラ光って、特別なプレゼントに見える。
お洒落なお酒のボトル。
華やかな香水の瓶。
読書が好きな彼女への本。
コーヒ豆の入ったカラフルな袋。
綺麗な宝石のアクセサリー。
街のショーウインドウに並ぶどれもが彼女の誕生日プレゼントにふさわしいように思えるけれど、少年は彼女が本当に喜んでくれる贈り物はどれだろうと、頭を悩ませる。そして、少年のポケットのコインで買えるものはそんなに多くはなくて、少年は少しが落ち込んでしまう。
昔読んだ絵本の話を少しずつ思い出すにつれて、絵本の挿絵も徐々に鮮明に思い出してきた。
図書館の奥の棚で見つけた、外国の絵本だったような気がする。挿絵の繊細で、どこか寂しげな雰囲気に惹かれて、手に取った記憶がある。借りて家に帰ると、母親が読み聞かせてくれた。母親の優しい声と、偶然見つけた自分だけの物語が一緒に記憶に残っていたのかもしれない。
プレゼントを探しているうちに、辺りはどんどん暗くなっていってしまう。
少年はプレゼントが見つからない事に、少しばかりの心ぼそさと焦りを感じて、次のお店に小走りで向かう。
街の目抜き通りの最後のお店まで少年は歩いていく。
通りの外れにひっそりと佇むお店は、おじいさんが一人でやっている骨董品のお店だった。
木でできた地球儀や、空っぽの鳥籠、古いコンパス、オルガン、オルゴール。ショーウインドウに並ぶ古ぼけた品物が妙に少年の心を掴む。お宝が眠っているかもしれない。
最後の望みをかけて少年はお店のドアを開ける。
奥から背の高いおじいさんがメガネを首から下げて出てくる。
「いらっしゃい。どうぞごゆっくり。」
おじいさんが優しく微笑むと、少年の焦る気持ちが少し和らいで、少年は、棚の奥にある小さなガラスの瓶を見つける。
茶色のコルクで栓がしてある、透明な小さなガラスの瓶。
「ボトルメールを知っているかい?」
to be continued...
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