そして「遊戯王 Duel Links」はiPhoneにインストールされる

【6月の企画:住んでいる街】

ある特定の街を「好きだ」又は「もう一度訪れたい」と思う要因は一体何だろうか。

私にとって、その街を好きだと思える要因の一つは、「人」である。
その街で出会った人・人達との交流や、彼等との思い出が、良くも悪くもその街を私にとって特別なものにする。


今住んでいる街は、生まれ育った土地に、風土的に似ていると思う。海や山に囲まれて、長い冬があって、都会過ぎず田舎過ぎず、静かで住みやすい場所だ。ここに住み始めてから2年弱経つが、旦那や旦那の親族、友人や地域の人達等、こちらで出会った人達は、幸運にも皆親切で、新入りで無知で未熟な私をも温かく迎え入れてくれた。

それにも関わらず、私はまだこの街を心底好きだと言えないのである。


それは、私がこの街に住むことに対して、まだ安心出来ていないせいだと思う。
自分の住み親しんだ地域とは違う、この街での「常識」である文化的知識が圧倒的に自分に欠如していることを、私自身が認知していることが、要因なのだろう。

私は、自分が一番心地の良い、この街との付き合い方を模索している。

私は自分のアイデンティティを、自分が今まで少しずつ磨いてきた宝石のように思っていて、自分が親しんできた物事が多方面で少しずつ異なるこの街と自分を、同じフレームに入れることに未だに葛藤しているのかもしれない。かつての皇民化と同じような程度で、完全にこの街の人間になりたいとは思わない。何かのきっかけでこの街を離れることがあるとすれば、再来する予定は立てないだろう。


そんな私は、最近、日本から持ってきたアンドロイドのスマホを落としてしまった。

私はパートタイムの職場へ行くために、バス停へ走っていた。上着の外ポケットに入れていたスマホが、走っている間にポケットから飛び出てしまったのだろう。私が落としたことに気が付いたのは、バス停まで約50メートルの距離がある所だった。時間を確認するために走りながらポケットに手を入れたが、中が空っぽになっていた。

そのスマホは、解約した日本の携帯会社のsimカードが入っていて、WiFiがない状態で出来ることと言えば、メモ帳とカメラ、音声レコーダーを使う程度であった。LINEは、この街で購入した別の携帯端末にアカウントを移したため、このアンドロイドの方では使っておらず、WiFiが使える環境下では、メールの確認の他は、もっぱら「遊戯王 Duel Links」を遊ぶための端末となっていた。機能的には、持っていても持っていなくても別に困らないような端末であったが、時々受信する日本の速報ニュースを見ることができる部分で、ある意味このスマホは私にとって特別であった。どの芸能人が誰と結婚したとか、私にとっては昨日の天気程に関心のない知らせばかりだったが、遠く離れた場所に移った私にも、日本にいた時には当たり前だったことを変わらず提供してくれる機能に、私はなんとなくほっとしていた。自分がまだそれまでの自分であるような気がした。それはSONYのXperiaで、私が今住んでいる街でそれを使っている人など皆無であり、その背景が、このスマホは自分のアイデンティティが具現化されたものであるという風にも感じられた。旦那の親族の子供に、こんなに変なスマホは見たことないと言われた私のXperiaは、根本的な部分は共有しているのに多様な部分で周りと異なる私に、今住む街に馴染もうと奮闘する私に、重なって見えた。


私は引き返すことも出来た。そのスマホを落としたと推測される場所の範囲は、家から現地点までと明らかで、今引き返せば、誰かに拾われる前に、再びその端末を自分の懐に入れることが出来るだろう。それに、今急いで乗ろうとしているバスを逃しても、30分後にはまた別のバスが来る。仕事に遅れるのは決定的になるが。


私は一度立ち止まった。



しかし、私は再びバス停へと走り出した。私のXperiaよりも仕事を優先させた。


私がバス停に着くやいなや、バスが近づいてきた。
バスの中で、私は寂しくて不安な気持ちになった。
仕事の合間に、私はもう一つの携帯端末で、アンドロイドのスマホを落としてしまったと旦那に伝えた。旦那は、落としたのが機能的に勝る方じゃなくて良かったと言いながらも、仕事に遅刻してもそのスマホを拾いに引き返せばよかったのに、と強い口調で話した。


仕事を終えて帰り道、私はスマホを落としたと思われる地帯を丁寧に探した。端末の位置検索ができる設定をしておけば良かった、でも、家を出る前に職場で充電しようと思って充電しなかったから、今頃はきっと充電切れているだろうし、設定されていたとしても意味ないか、などと考えながら家とバス停を数回往復した後、結局探し物を見つけられないまま私は帰宅した。

私が今住んでいる街に遺失物管理所なんて施設はないため、バス停の近くで落としたことから、街のバスを運営する会社に電話して、私のアンドロイドスマホを見かけたか確認もしてみたが、だめだった。


おそらく、私はもうそのXperiaに会えない。

良心的な人に拾われて、たまたまにしろ、故意的に購入したにしろ、その人がアンドロイド端末専用の充電器を持っていて、私のXperiaを充電したとしても、私から電話はかけられない。メールは受信しても、端末パスワードが無ければ利用できない。売るにしてもこの街では価値がない。


旦那も仕事から帰ってきた。日本のスマホを落として残念だったね、と私に声をかけてくれた。


残念。
期待や希望のようにならず心残りなこと。


私は自分の感情がよく分からなかった。
確かに、あのスマホにまた私の所に戻ってきて欲しいという気持ちはあったが、それが叶わずとも、もはやあまり気にしていない自分に気が付いたからだ。

唯一無二のそれを再び手にすることは、きっともうないのに。
私は、それがなくても大丈夫な気がした。


私がそれに固執していたのだ。自分のアイデンティティの支えとして。この街に慣れ切れていない言い訳の飾りとして。
この街で新しい端末を買って、それまで使っていたそれを使う意味が無くなってからもずっと使い続けたのは、この街にいる自分に自信がないから、心地のいい場所で前向きだった当時の自分に憧れて、それに映っている自分を今の自分だと思い込みたかったから。


でも、それも少しずつ変わってきているようだ。


私はまだ、この街が心底好きではない。

でも、いつか好きになれる、と思う。

そう思えなきゃ、楽しくないじゃん。

Soma

オンラインシェアハウスKaede Apartment 202号室の住人です。
青森県出身。米国の寒い地域在住。既婚(国際結婚)。
職業:遊戯王Duel Links 決闘者。
趣味:大学スタッフ非常勤。翻訳会社勤め。

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