本紹介『一投に賭ける』
今回は最近読んで面白かった本を紹介したいと思う。『一投に賭ける』はやり投げの元オリンピック選手で日本記録保持者である溝口和洋の人物ルポルタージュである。この本の変わっているところは著者は取材をした上原善広だが、内容は溝口の一人称で書かれている点だ。
やり投げも溝口選手のことも全く知らなかったが、近所の図書館でたまたま目にした表紙が印象的で、軽い気持ちで読み始めたら一気に引き込まれてしまった。とにかく無頼派でぶっ飛んでいるのである。印象的な箇所をいくつか紹介したい。
「中学時代は将棋部。高校のインターハイにはアフロパーマで出場。いつもタバコをふかし、酒も毎晩ボトル一本は軽い。朝方まで女を抱いたあと、日本選手権に出て優勝。根っからのマスコミ嫌いで、気に入らない新聞記者をグラウンドで見つけると追い回して袋叩きにしたことがある。」
とんでもない野郎だ。これだけ聞くとだらしのない奴に思えるが、ウェイトトレーニングを1日12時間行うほどトレーニングに対してはストイックなのである。そのあと後輩を連れて飲みに行くと言うのだから本当に信じられない。
「常識と言われていることのほとんどはデタラメ。」
と語るように、とにかくあらゆる事を疑って自分で実際に確かめるのである。本当に前を向いて走った方が早いのか?後ろ向きで走った方が早いのではないか?と疑問を抱いた溝口は実際に数ヶ月後ろ向きで走ったそうだ。その結果何がわかったか。前を向いて走る方が早い、である。バカみたいに聞こえるが、このレベルで何もかもを疑って検証する。後ろ向きで走った期間は流石に無駄なんじゃ?と思うかもしれないが、本人曰く「俺ほど前を向いた方が早いと信じている奴はいない」との事だ。また、日常生活の全てをやり投げに繋げて考えており、「セックスの動きもやり投げに応用にできないか」と考えるほどやり投げに全てを捧げていたのだ。
また、この本の構成も非常に面白い。39pに
「ここからはやや専門的な話になるので、次の章にとんでもらって構わない」
という一文がある。これに従うと74pまでとぶことになる。すると75pにまた
「ここからはやや専門的な話になるので、次の章にとんでもらって構わない」
という一文がある。これに従うと今度は112pまでとぶことになるのだ。
しかし、当然ながらここはとんではいけない箇所である。なぜなら、この箇所の専門的な話の記述方法自体が、まさに溝口という人物をよく表しているからである。とばさずに読むと、トレーニングに関する専門的な内容がほとんど箇条書きのようなスタイルで記述されているのだ。
また、タバコに関する考え方も非常に面白い。
「タバコも一日二箱は吸っていた」
思うような成績が出ていない時にはメディアから喫煙の事実を大げさに取り上げられていた。それに対して溝口は
「タバコを吸うと持久力が落ちるというが、タバコは体を酸欠状態にするので、体にはトレーニングしているような負荷がかかるから事実は逆だ。また、タバコは健康に悪いと言う人がいるが、どう考えてもやり投げの方が体に悪い。一生健康でいたいのなら、やり投げをやめた方がよほど健康的だ。」
と一蹴しているのである。なんとなくアスリートにタバコってよくないんじゃ?と普通なら考えてしまうが、彼の場合は違った。
現役引退後はパチプロで生計を立てながら室伏広治の指導にあたったという。(やり投げとハンマー投げで迷っていた室伏にハンマー投げを勧めたのは溝口)さらっと書かれているがパチプロで生計を立てていたのもぶっ飛んでいる。現在は地元の和歌山で実家の農家を継いでトルコキキョウという花を栽培しているようだ。なぜトルコキキョウなのか?
「トルコキキョウの栽培を始めたのは、やはりその将来性にある。昔気質の親父の農業では、借金は増えることはあっても、減ることはないからだ。」
と語っている。活躍の舞台が変わっても無頼派アスリートは変わらないのだ。
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