また今日も
「つっかあれたぁ〜。」
午前6時。東から昇る朝日に向かって開口一番呟く。
まだ1日が始まって10秒もたたないうちに足の筋肉から悲鳴が聞こえてくる。肉体のあらゆる部位が異議を申し立てている。やれやれ、今日もまた今日とて昨日と同じような1日がやってくるのか。
ぶつぶつ文句を言いながら寝室の布団を畳み、洗面台で歯磨きをする。一通り自分の顔を点検し、コンタクトを入れ、「今日で死んで後悔しないか?」と一応自問してみる。
鏡に映る自分から答えはかえってこない。
やれやれ。
気持ちを整えるべく、浴室で熱いシャワーを浴びる。体温が上がり、今日を生き抜く情熱が少し湧いてくる。(ような気がする)
微かな情熱を少し試すかのように、温度レバーをMAXまで下げる。ドMか。とりあえずキンキンに冷えた冷水を30秒浴びる。中々度胸あるじゃん。
浴室の鏡に映る自分を褒めてあげる。気持ち悪い奴だ。
冷水で身体が引き締まったことを確認し、浴室を出て、タオルで丁寧に拭く。拭き終わったタオルを半ば大袈裟に洗濯機の中に放り込む。
リビングに向かい、スッポンポンで逆立ちをして身体の血液を隅々まで循環させる。
愛犬が吠える。
「なぜお前は朝っぱらから私と同じようにスッポンポンなんだ?お前には着るべき服というものがあるじゃないか。権利をしっかりと行使しなさいよ。自分の自由意志によって服を選び、着られるということが当たり前だと思うなよこのオタンコナスが。」
と言われてるような気分になり、仕方なく仕事着を着る。愛犬は吠え続ける。すいませんと愛犬に謝り、謝るついでに足のストレッチをしてみる。自分でもびっくりするぐらい身体が堅い。地方中枢都市のアパートの大家さんぐらい頑固だ。(大家さんごめんなさい。)何となく仙台辺りかな。
キッチンに向かい、ユーチューブでサンドウィッチマンのお笑い動画を観ながらお弁当を作る。お弁当といっても、前日に茹でた卵2つとオリーブオイルをかけたレタスを弁当箱に詰めるだけ。プロテインとバナナも入れる。「アスリートか!」と伊達さんが突っ込んでくれるわけではないので、自分で自分に突っ込んでみる。もしかしたら俺は結婚しなくても生きていけるんじゃないかと思う。そして2秒後にはそれについて深い悲しみを感じている自分に気づく。冨澤が休むことなくボケ続けている。「ちょっと何言ってるか分かんない」
熱いコーヒーを入れ、スマートフォンでニュースを一通り確認する。芸能人の誰々が不倫しただの、アメリカと中国の貿易戦争だの、イギリスのブレグジットだの、安倍政権の政策がなんとかかんとかだの、欧州人の足の裏の匂いについてだの、美味しいビーフストロガノフの作り方だの、ゴールデンレトリーバーのしつけ方だの、心理学を駆使した女性の落とし方だの、香川県高松市の週間天気予報だの。
これといって自分の人生に大きな変更をもたらす要素を孕んだニュースは見当たらなかった。買ったばかりの型落ちしたApplewatch series3に目を遣る。型落ちを買うところがなんとも自分らしいと思う。型が落ちても自分の魅力で引き上げればいいじゃないか。何度でもいうが、気持ち悪い奴だ。自分の他に人はいないが、多少カッコつけて時刻を確認するように心掛ける。6時31分。
目を閉じる。そして自分が生まれる遥か昔の過去を想う。ビックバンによる地球誕生。海や酸素の発生。直立歩行をするサヘラントロプス。数多と流されてきた血の歴史。繰り返される歴史。
銃剣を右手に持つ自分を想像してみる。目の前の相手の腹を目掛けて一思いに突き刺す。手に人間の生きた臓器を感じる。まだ動いている。自分の中に何かが入ってくる。相手の銃剣が自分の腹に突き刺さっている。不思議と痛みはない。これは現実か?相手が銃剣を回転させ、自分の内臓をえぐり出す。初めてみる自分の身体の内側。なんなんだ。突如これまで経験したことのない痛みが稲妻のように走る。自分の内側に本来入るべきものでないものが入り込み、本来内側にあるべきものが外側の世界に顔を出している。痛みなんてものじゃない。そんなものはとうに超えてしまっている。頭と足の位置が逆になって、天と地が逆さまになるかのように。全てのあらゆる事象がひっくり返ってしまったように感じる。
どこまでも個人的でフィジカルな痛み。
痛み。Just only pain
イエス、アッラー、ヤハウェにも止められなかった。これは現実に起きたことなんだ。そして今この瞬間も未だ見ぬ場所でまだ見ぬ人間が虐げている、虐げられている。そんな世界で僕らの自由意志とは一体どれほどの価値を持つのだろう。
正義、善悪、欲望、恐怖。なんなんだこれは。
目を開ける。辺りを見渡してみる。いつも通りの家具がいつも通りの位置で沈黙を守っている。
窓を開けると、新鮮な空気が僕の肺に入ってくる。
庭の木々が風に揺られ、小鳥がさえずり、雲が流れていくのを暫くじっと見つめる。
「選んでいるんだ」
ふと、そう感じた。
あらゆるものはつながっていて自分で選択しているのだ。これまでもそしてこれからも。
玄関を出て白いホンダのn-vanに乗り込む。我ながらダサい車だ。これじゃ女の子とまともにドライブデートすらいけないじゃないか。仮に行けたとしてもこれじゃああんまりじゃないか。こんな車じゃ1時間も走れば女の子のお尻なんてテルマエロマエに出てくる平たい顔族の平たい顔みたいにペシャンコになってしまうじゃないか。
時間をかけて深呼吸をする。4秒かけて息を吸い込み、8秒かけて息を吐き出す。
「選んでいる」
車のキーを差し込む。初夏を前にした朝焼けに鈍臭いエンジン音が響く。
鈍臭い車と鈍臭い筆者と神様の愛犬
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