Primrose Hill, London 2018年 冬 ”ノルウェイの森”についての異なる解釈 前編

ブリックレーンで昨日見かけた女性とほとんど同じ佇まいで彼女は丘の上でおそらく誰かを待っていた。あるいは僕が彼女を待っていたのかもしれない。ロンドナーのファッションに惹かれるのは周りを気にしない気怠さの中に他人を寄せ付けない自信が見えるからだ。そのオリジナリティが周りに評価されようとされまいと、そこに価値を感じて今日も彼らはぐちゃぐちゃの服の山から酒臭いジャケットを羽織っている。
 


カムデンマーケットからリージェンツカナルを通って、プリムローズヒルに入ろうとした時、バスが僕の鼻先を通り慌しく老人を通りに吐き出した。重そうなレジ袋を抱えた老人は通りの車も気にせず、ゆっくり道路を渡ってプリムローズヒルに向かって行った。


僕が後ろから声をかけると、老人は時間をかけて振り向いてゆっくり帽子をあげて会釈をした。行き先が同じだったので、クリスプとビールが数本入ったレジ袋を持ってあげると、老人はゆっくり話し始めた。 


彼女は黒いスキニーパンツに汚れたReebokのスニーカーを綺麗に揃えて真っ直ぐ立っていた。緩く組んだ腕と細すぎる体の線。中国語がプリントされたコンテンポラリーなトートバッグを肩から下げて、ブラウンのウェーブがかかった髪が肩の上で揺れていた。


プリムローズヒルからはウェストロンドンが一望できる。彼女は顎を上向きに細い目で夕暮れ時のロンドンを見つめながら、時折イヤフォンから流れるリズムに合わせてゆっくり目を閉じて、長い前髪をかきあげた。丘の上にまばらな人混みから少し距離を置いて立っている彼女は、僕を待っていたようだった。
 


老人は丘の中腹まで登ると、ゆっくり腰を伸ばして小休憩した。まだ振り返ったらいけないよ。上に辿り着くまで我慢をしないといけない。イギリス訛りの英語でぼそっと呟くと、またゆっくり歩き出した。


丘の勾配が徐々にきつくなってくる。犬を連れて歩いている人、寝そべってチルアウトしている3人組の若者の方からウィードの匂いが漂ってきて、すれ違ったフランス人はフランス語で激しい口論を繰り広げていた。軽く振り返ってみると、時折男性は足を止めて激しい身振りで彼女を説得するものの彼女は足を止めずに背中で抗議をしている。


老人は気にも留めずにゆっくり丘を登っていく。頂上の広場には、観光客と地元の人が数人混じっている。老人は1番端のベンチに腰を下ろし、僕に隣に座るように手招きした。


話の続きを聞かせよう。ところでこの景色は気に入ったかい?


はい、懐かしいです。数年前に僕もよくここには来ていたので。


そうかい。


そして老人はジャケットからゴールデンバージニアを出して一本の煙草を巻いた。
 


僕は持っていたカメラを彼女に渡して写真を撮って欲しいと伝えると、彼女はイヤホンをつけたまま笑顔で頷いて数枚シャッターを切った。写真を確認してお礼を言うと、ようやくイヤホンを取って僕の英語を丁寧に聞き取ってくれた。


僕は広がるロンドンの景色をもう一度ゆっくり眺めて深呼吸した。ここにはもう街中の喧騒は届かずにゆったりとした時間が流れている。ちょうど散歩に来た犬が僕の横を通り抜けていった。首輪をつけずに飼い主の呼ぶ声に反応した犬はゆっくり飼い主の元に歩いって行った。犬を目で追って彼女の方を振り返ると、まだその綺麗な姿勢で犬を見ながら微笑んでいた。


一瞬僕と目が合って、彼女が笑いかけてきたのを逃さずに、僕は彼女に近づいて行って、君は誰かを待っているのかと尋ねた。そうでもないわと肩をすくめた。僕は君とコーヒーが飲みたいと遠回しに伝えると、彼女は少し大げさに笑って口元を手で隠しながら、少し時間を開けていいわよと答えた。あなた寒そうにしてるものねと僕の赤くなった鼻を指差して笑った。 


後編へ続く

ロンドン、プリムローズヒルから見えるウェストロンドンの夕焼け

Ryosuke Takahashi

オンラインシェアハウス Kaede Apartmentの管理人です。
95年 北海道生まれ、道南在住
趣味は、旅、映画鑑賞、読書、カフェ巡り

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