独身男性が使徒に負ける時。

数ヶ月から彼女と同棲を始めた。 


この年になると「結婚」というものがやけにリアルな言葉で響いてくる。 年末にようやく根雪になった北海道の雪の上に、しとしとと粉雪が降り積もっていくようにゆっくりと確実に僕の心にその言葉が沈んでいく。除夜の鐘が鳴り響いいて、その余韻が残るように、周りの友人たちとの距離感を感じてしまう。 


僕が今の彼女と結婚するかといえば、それはわからない。 結婚だけが二人の形でなくてもいいと、令和のダイバーシティが世間のスタンダードになっていくかもしれない。 夫婦という呼び方以外に、生涯を共にするパートナーという考え方があったっていいはずだ。 同棲という言葉も実に重々しい。 どうやら婚姻届には、「同棲を始めた日、もしくは結婚式をあげた日」という項目があるらしい。 自治体にもよるらしいが、どうやらこの国では男女が家族として新たな一歩を踏み出すには、形式的な儀式が必要らしい。


僕と彼女は、「一緒に住もう」とどちらかが言い出したわけでもなく、彼女が僕の生活に突然現れて、そしてその日から、僕の生活は彼女なしでは進まないようになった、という感じである。思えば、高校を卒業してからの数年間、実に自由気ままで自堕落的な生活だった。 


「納豆とアボカドの賞味期限が危ないから、今日はアボカド納豆パーティだよ。」 


 「昨日、炊飯器にご飯入れっぱなしだったでしょ。ちゃんとラップしてよね。罰として、今日はチャーハン(具なし)だよ。」 


 「昨日入ってた不在連絡票、郵便局に電話してくれた?今日なら18時以降は家にいれると思うよ。」 


 僕の仕事中、ちょうど仕事がひと段落する16時ぴったりに彼女は僕に連絡してくる。 お金をかけて、特別な時間を過ごすのではなく、普遍的なありふれた日常に彩りを与えてくれる。 家族の風景とはこういうものかと、僕は帰り支度を急ぐ。「最近、早いね。前は遅くまで残ってたのに。」と同僚に不思議な顔をされる。「えぇ、まぁ。」と濁すと、何かを察したような顔で、「お疲れ様」と笑いかけてくる。家に帰る理由が今の僕にはあるのだ。 


彼女とはGoogleカレンダーを共有しているので、彼女は僕の予定を把握している。 


「明日マッサージに行くんだっけ?帰りに本屋さんで本買ってきてね。読みたい本があるんだ。」 


と丁寧にAmazonのリンクを貼り付けてくる。 


Netflixに最新の韓国ドラマが追加された時も、「後で観ようね。」と配信日を決して忘れない。 NBAの好きなチームの試合がある日は、リアルタイムで試合を見ることができないから、僕たちは録画された配信を見ることになる。しかし、試合の結果をあらかじめ知ってしまうと僕の機嫌がとても悪くなることを彼女は知っている。朝仕事に行く前に、「SNSの通知切っといてよ。」とぶっきらぼうに言われたことがある。あぁ、この人、本当にすごいな、思う。 


結婚の最初の数年間は修行だ。好きな芸人が深夜のラジオで言っていた。その通りだと思う。お互いに気持ちが通じ合っていたとしても、赤の他人が同じ屋根の下で生活をするのは些か難しい。そして人は愛を確かめるために、その愛情を子供へと向ける。しかし、それでも生物としての欲望に抗えるほど僕たちは進化を遂げていない。浮気、不倫、若年離婚、令和のダイバーシティはまだそこまで許容できていない。 


しかし、修行というのは、相手の生活を受け入れなければいけないというマインドと、自分の生活を相手に飲み込ませすぎてはいけないというマインドの2つをバランスよく混ぜ合わせるということだと思う。別々の人生を、心地よく混ぜ合わせることができれば、そしてその過程を楽しむことができれば、僕たちはいいパートナーになることができる。いや、そんなことは誰だってわかっている。 


いや、もう、どうだっていい。 

先の事なんて考えたって意味がない。 人生の本質を問い続ける問答法は、よりよく生きるためには必要なことだ。でも、不確定な未来について想像を巡らせることに合理性はない。人生に綺麗に割り切れる公式は存在しない。例えば、マリア・シャラポワが旦那と別れて僕の前に現れたとしたら、僕は今の彼女に別れを告げて、ロシア語なんて話せないけど、シャラポワとカリフォルニアの彼女の自宅の地下で毎晩一緒にボーリングをすることを決めるだろう。そうなのだ、マリア・シャラポワの自宅の地下にはボーリングのレーンがある。僕のベストスコアは110だし、そんなことはどうでもいい。僕が、シャラポワロスで仕事休もうかなと呟いたら、「いや、行けよ。」と冷たくあしらわれるだけだ。 


僕は彼女が整えてくれる新しい僕の日々に感謝している。それだけで十分じゃないか。 


「明日は燃えるゴミの日だから、朝ゴミ出しに行くの忘れないように。」 


と、僕はiPhoneのリマインダーにフリック入力する。 


明日の朝、僕の彼女は、目覚ましのアラームが5:45に鳴った瞬間に、「燃えるゴミ、出す」と僕を起こしてくれるだろう。 


彼女と出会うきっかけをくれた、スティーブ・ジョブスには青森県産のリンゴを1tくらい送り付けたかった。Japanese applesの美味しさを知ったら、Apple社のロゴはきっと変わっていただろう。


アダムとイブだって、林檎から全てが始まったのだ。僕は知恵の実の味を知ってしまった独身男性は、使徒には勝てないと思う。 


「寝る時間」 と、彼女が5分おきにうるさいので、そろそろ寝ます。

Ryosuke Takahashi

オンラインシェアハウス Kaede Apartmentの管理人です。
95年 北海道生まれ、道南在住
趣味は、旅、映画鑑賞、読書、カフェ巡り

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