6月のある日の夜、僕はフィンランドにいた。

「はええよ。」

フィンランドのスーパーは閉店が早い。

物価の高いフィンランドではスーパーでお酒を買って酔うのが定石だ。

平日は19時には閉まる。

土日なんてお休みだ。


酔わなくちゃダメだ。ダメに決まってる。

一人でフィンランドまで来て夜にお酒にのまれないなんて、フィンランドに来た意味がないじゃないか。

これが僕のフィンランドの夜に対する公正で中庸な見方だ。

夜にシラフで過ごすフィンランドに価値はなどない。

いつからこんな極端なものの見方をするようになっただろう。

これだから決まったガールフレンドの一人としてできないのだ。


仕方なく僕は、ヘルシンキ中央駅近くのバーに入る。

店内は薄暗くカウンターの間は適度に席が離れている。

パーソナルバブルを重んじる国民性はこういった細かいところで見受けられる。

特に感染症等が流行していた時期ではないのにもかかわらず、席間隔がある程度空いているのだからほぼ間違い無いだろう。

これじゃろくに女の子と話せないじゃないか。

そんなことを思っていると、老夫婦が僕の隣に仲良く座ってくる。

まだまだ現役だと言わんばかりのベタつき具合だ。

全く、大した世の中である。

グラスビールを飲み干し、とっとと店を出る。

僕が求めているのはこんな店じゃない。


若者が道の真ん中で溜まっている。

ある者は叫び、ある者は踊り、ある者は抱き合っている。

まるで今日が人生最後の日であるかのように、自分たちの持つエネルギーを余すところなく放出している。

ふと目についたナイトクラブに入る。

水曜の夜なのにも関わらず、店内はなかなか賑わっている。

カウンターに行き、ビールを頼む。

3ユーロを渡し、よく冷えたビールを受け取って店内を巡回する。

みんな背が高い。

日本では割と高身長な部類に入るはずの僕はあっという間に埋もれてしまう。

アジア人である僕は完全にその空間ではマイノリティーだった。


胸元のぱっくり開いた真っ赤のドレスを着た女の子が目に飛び込む。

速攻で距離を詰める。

0秒思考だ。

考える前に動く自分がいる。

「Hello~Lady!What’s up??」

女の子はこちらを見向きもしない。

まるで僕の発した言葉が空気を振動させることなく、広大な宇宙に吸い込まれていくようだった。

「10回戦って、1勝9敗で良い。」

世の優れた経営者でさえもそれぐらいの勝率なんだ。

僕なんて足元にも及ばない。

ビールを一気に飲み干し、気を取り直して次の戦場へと向かう。

「ゲームに参加しないことが1番のリスクだ。」

世界一の投資家ウォーレン・パフェットの言葉が僕を励ます。


今度はあえて男女二人組を攻める。

僕のできる最大限politeな姿勢でアプローチすると、彼らは快く僕を迎えてくれる。

”礼儀正しさ”は世界どこでも通用するスキルらしい。

話を聴いていくと、彼らはポルトガル人で従兄弟の関係だという。

夏のバケーションを使って、フィンランドにいる友人を訪ねにきたそうだ。

昼はサウナに入り、夜はナイトクラブに繰り出す生活。

彼らがフィンランドに求めていることは至ってシンプルだった。

話も弾み、一気に打ち解けると男の子が3人で踊ろうよと言ってきた。

北欧で人気のテクノソングに揺られながら、フィンランド語で話すDJの前でフィンランドで出会ったポルトガル人たちと日本人が一緒に踊るというのも中々面白いものだ。

いんたーなしょなる。

たまに女の子に近づこうとする男を従兄弟の男の子は胸板で威圧する。

弱肉強食の世界だ。

適応できないものは滅びる。

自然選択の原理がここでも働いている。

僕はなんとしても生き延びなければならない。


しばらく3人で踊っているとこれまた背の高い女の子に話しかけられる。

「Where are you from?」

日本からだと僕は彼女に告げると、一緒に踊ろうといわれる。

これは来た。

心の中で思わずガッツポーズをする。

しばらくその女の子と一緒に踊る。

室内に響き渡るテクノソングと僕らのダンスが重なり合う。

ここだ。

甲子園を賭けた高校野球大会決勝戦のピッチャーがワインドアップモーションで大きく振りかぶったときに感じる緊張感を携え、彼女の唇を目掛けて顔を近づける。


「ピシャン」

途端に激しい痛みが僕の頬を走る。

「Fuck off dick」

一緒に踊っていた女の子が叫ぶ。

どうやら僕が彼女に近づけるなんてとんだお門違いだったようだ。


「トライした者しか失敗できない。」

僕がここで言いたいことはこの一言に尽きる。

女の子に頬を叩かれるなんてただ漫然と呼吸していたら得難い経験じゃないか。

これは解釈の問題だ。

少なくとも僕は挑んだ。勇敢に立ち向かった。

それ以上の何があるっていうんだ。

痛みさえも携えながら、目の前を生きていく。

ヒリヒリと痛む左頬を抑えながら、澄み渡る朝焼けに向かってすでに僕は一歩踏み出していた。



Taro Yukino(雪野太朗)

Taro Yukino(雪野太朗)
95年お茶の国生まれ。お茶の国在住。リーマンしてます。
本とパフェとアイスランドが好きです。
エッセイ、紀行文、短編小説がメインのお部屋となります。
サメに噛まれるのが怖くてやれなかったサーフィンを始めた男です。明日天気になあれ。

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