君が珈琲を淹れる姿を見て
注)妄想とは英語でDelusionと言い、「非合理的ながらも訂正の難しい感情」を表すようです。しかし、漢字で妄想と書くと、亡くなった女性を想うと書きます。いずれにせよ、妄想が限度を超えると僕はこのモデルとなったお店を出禁になるのでしょう。
一般的には人と親密な関係になると、交わす言葉の数は増えていくはずだが、僕は彼女が僕に発する言葉が少なくなればなるほど、彼女と親密な関係になってくるような気がしていた。
それは、僕がお客さんとして、彼女が店員として、それぞれの立場に土足で踏み込まないように、お互いが細心の注意を払って、このカフェという空間を作るためにしている阿吽の呼吸のようなものなのだと思う。
だから僕たちは、必要最低限の言葉以外交わすことはないし、目線を合わせて感情を読み取るようなこともしない。僕はあくまで、毎週日曜日の午後に窓際に座って本を読む客で、彼女はコーヒーを淹れる、ただそれだけの事なのだ。
例えば、
「ミルクとお砂糖はお使いですか。」
この言葉を最後に聞いたのは、おそらく1ヶ月ほど前のことだと思う。 彼女は僕がコーヒーにミルクと砂糖を入れないことをすでに知っているし、僕が一番奥の窓際の席に座ることを知っているから、僕がドアベルを鳴らして店に入ったときに、「お好きなお席にどうぞ」とは言わずに、ただ「どうぞ」と、手のひらで奥の席を指すだけになった。
いつも通り、彼女が水を運んできたタイミングで、30gの深煎りのコーヒー豆を150ccで抽出した口当たりの柔らかいコーヒーを頼むと、彼女は僕の注文をメモに取ることもせずに、「かしこまりました」とだけ言って、カウンターに戻っていく。
カウンターの壁には、種類の違うコーヒーカップがいくつも並んでいて、彼女は、コーヒーカップを少し眺めて、長く、細い指でなぞるようにコーヒーカップを選ぶ。指先が止まった先のカップを取り出して、カウンターの上にそっと置く。
次に、豆をミルで挽き、ペーパフィルターでゆっくり抽出する。湯気がゆっくり天井に登っていき、コーヒーの香ばしく、酸味がかかった匂いが店内に広がっていく。
数分の無言の時間に、BGMのジャズピアノが溶けていく。
一杯のコーヒーを淹れるために必要な一つ一つの所作を彼女はゆっくりと流れるように進めていく。僕は彼女が淹れたコーヒーの香りをゆっくりと味わうことで、彼女が僕に向ける感情を理解できるような気がしていた。
例えば、古い柱時計が15時を告げるベルを鳴らすころ、店内はほとんど、僕が1人で本を読んでいるか、常連のおじいさんの話に彼女が付き合っていることが多い。おそらく70を過ぎたであろう老人の話には脈絡がなく、おまけに聞き取りにくい地元の訛りが混じっている。彼女が丁寧に相槌を打ちながら話を聞いている。彼女は僕に助けを求めるように、僕の空になったグラスに水を注ぐために、僕の席を横目で気にしながら話を続けている。ようやく、長話から解放された彼女は、僕のグラスに水を注ぎながら、愛想笑いが苦手なことを伏目がちに伝える。
例えば、僕が店内に1人だけの時に新しく入ってきた別の客を、僕から一番離れた席に案内する。僕がゆっくり本を読みたいということを彼女は知っている。
僕が、彼女と10回目が合ったら話しかけようと決めてから、いや、むしろ会話なんて必要ないのかもしれないと思い直すまでの数分間で、彼女はコーヒーカップをクロスで拭きながら僕の方をじっと見つめていて、僕が文庫本から目をあげると、彼女はまたコーヒーカップに目線を落として、うっすら微笑んだ。彼女は愛想笑いが苦手なことを、僕はすでに知っている。
80度前後のお湯でコーヒーを淹れるために沸騰させたお湯をわずかに冷ますように、僕たちは、お互いに努力をしてこの関係の心地よさを作っているのだと思う。
人間関係の緊張感というのは、満開を過ぎた桜が強い風が吹くと散ってしまうようなものだと思う。誰かに強く惹かれる想いというのは、その人との単純な接触回数に比例して大きく広がっていき、ある範囲を越えてしまうと、あるきっかけで、その人との関係が途切れてしまうのではないかと、臆病になりながらも、もっと近づきたいという焦りに変わる。そして、あらかじめ出会うことが決められていた恋人たちのような運命に縋りながら、少しずつ前向きな変化を期待しながら、悶々と日々を重ねる。
しかし、季節が移り変わるように、桜の花が春の強い風に飛ばされて散っていくように、僕たちは、自分の感情に折り合いをつけることができずにすれ違っていくのだ。
だから僕と彼女は、お互いの距離感を保ったまま、ずっとこの季節が続いていくかのように、それぞれの決められた立場を守ったままの関係を続けている。春風がコーヒーの香りをかき消してしまわないように、僕は今日も静かに店のドアを開ける。
カフェ巡りをしていると、客はあくまで客であることに徹底しなければならないと強く感じてしまうものです。
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