Strangers in the night フランク・シナトラ


 時計の秒針をずっと眺めていると、45分を示す文字盤の9のあたりから徐々に秒針の動きが遅く動いているように感じることがある。文字盤の10をゆっくり過ぎて、11を回る頃にはもう秒針が動く気力を振り絞ってちょうど12のところで動きを止めてしまうのではないかと思うくらいゆっくりと一周を終える。しかし、秒針はそこで動きを止めずに今度はするすると速度を増して文字盤の6まで一気に回ってくる。そうしてまた残りの45度はゆっくりと時間をかけて周っていく。時計の秒針にもきっと重力が働いていて、1分間の3分の1をゆっくり進み、3分の2は急足で周っているように感じる。しかしそんな風に時を刻んでしまうと、正確に時間を測ることができずに、僕の家の時計だけ少しずつ世界から遅れていくような気がしてしまう。僕が時計を見るたびに、時計の刻む時間は少しずつ膨張していくような気がするのだ。 


 そんな風に時間のズレに気がついたのは、気怠い日曜日の午後だった。
久しぶりに一貫性のある長い夢から覚めて、時系列順に夢の中で起きた出来事を整理しようとしていた。


 夢の中で僕と彼女は何か大きな組織から逃がれようと東京の街をひたすら逃げ回っていた。夢だとはどこかで認識しているのだが、世間から逃げていく時間の中で、世界にたった2人だけでいることをどこか肯定されているような幸せが僕らの逃避行を支えているような気がした。しかし東京の街にはどこかしこにも監視網が敷かれていて、身を隠す場所を見つけてはすぐに誰かに見つかり、また逃げ出すということの繰り返しだった。


 もう逃げることはできないと2人が悟った時、僕は彼女の家に行きたいと言った。どうせ捕まるなら、それまでの時間を1秒でも長く君とゆっくり過ごしていたい。もう逃げるのはやめよう。そんな事を言っていた。

彼女は私の家は川をまっすぐ下って行くとたどり着く森の奥にあると言った。僕たちは川を探して走り回り、ようやく見つけた川というよりは、少し幅の広い側溝に2人で入っていった。僕が先に飛び込んで水の流れに身を任せながらただひたすら川を下っていく。途中で流れが急に激しくなり、僕はそこで気絶してしまう。


 気がつくと、どこかの森の川岸にうつ伏せで倒れていて、気管に入った水を咳き込みながら身体を起こすと、どこにも彼女の姿が見当たらない。気がつくと急に夢の場面は変わっていて、僕の周りには10人程度の人だかりができていた。僕の身体はまだ水に濡れていて、僕の隣には、彼女の昔の恋人で僕の友人が隣に立っている。僕の周りの人だかりは小さなテレビ画面を見つめていて、そこには僕と彼女の顔写真が大きく映されている。警察はこの2人の行方を見失って現在もまだ捜索中だという事だった。僕と一緒に画面を見ている人は僕に気づいている様子はなく、ただ画面を静かに見つめていた。すると、人だかりから少し離れたところに彼女が同じく全身を水に濡らしながら、長い髪の毛を左肩にまとめて水を絞っているのが見えた。彼女は人混みにいる僕を見つけて、そして同時に僕の隣の昔の恋人の方を少し見て、俯いた。僕は彼女に近づいて腕を引っ張りながら人混みの中に引き込んだ。1人で立っていては、誰かに見つかると思ったのだ。彼女の肩を抱き寄せて、僕の隣の友人を見てみても、彼は全く気がついていない様子だった。彼女の肩は思っていたよりも細く、そして冷たく、小刻みに震えていた。 


 それからまた場面は変わって、僕と彼女は南国のホテルの一室で肩を寄せ合いながら天井を見つめている。彼女が僕の方を向きながら何か言おうとしているが、彼女は少し複雑な顔をしていて、何を言おうとしているのかわからず、言葉にならない。彼女もその状況に混乱しているようで、ますます表情が暗くなる。僕はまた彼女の肩を抱き寄せて、僕は君と2人で過ごすことができて本当に幸せだと伝える。彼女はようやく微笑んで、うなづいたところで僕は目を覚ました。 


 そこまで思い出すと、朝起きてすぐに淹れたコーヒーがすっかり冷めてしまっていることに気づいた。まとまらない思考の中で一つだけ確かなことは、世界中の人間から拒絶されたとしても、世間から隔絶されたとしても、僕は彼女と2人で過ごす時間に確かな胸の鼓動を感じていたということだ。そしてようやく彼女が僕に対して同じような感情を向けてくれた時に僕の幸福は形容し難い感情で溢れ、全身の毛穴から意識が抜けていって最後に高い鼓動だけが胸腺を叩き続けるような、奇妙な夢だったということだ。 


 そんな長い夢を見た後は、自分の時間が世界からズレているように感じるものである。
もう一度僕の家の1分ごとに遅れていく時計を見つめて、時刻がもう夕方になっていることに気づく。
僕は簡単に顔を洗い、スウェットパンツに白いトレーナーを着て、ジャケットのポケットに薄い文庫本と財布を入れて近場のカフェに行くことにする。 


 冬の終わりを感じながら少し歩いてカフェに着くと、入り口のガラスドアに張り紙がしてある。営業時間変更のお知らせ。夜の23時までやっていたカフェの営業時間が明日から夜の18時までの営業に変わるようだ。ドアを開けて店内に入ると、何かがいつもと違う。2人の男女の店員の姿はなく、2人の若い女性店員が初めてみる制服を着ている。 


「いらっしゃいませ。何名様でしょうか。」 


お好きなお席へどうぞと言われ、2階の階段を登ってすぐのいつもの席に座る。
メニューも変わっていて、いつも頼んでいたシナモンミルクティーがメニューからなくなっていることに気づく。仕方なくブレンドコーヒーを注文して、タバコに火を付ける。シュガーポットの隣にある白い陶器の灰皿だけが変わっていなくて、少しだけ違和感を感じる。 


 薄い文庫本を開いて、栞をテーブルに置いて読み始めた時、店内のBGMがオフボーカルのジャズから、フランクシナトラのアルバムに変わっていることに気づく。しばらく文庫本を読み進めていると、自分の座っている椅子が壊れていることに気づく。椅子の足と足を繋ぐ木が片方抜けて床に落ちそうになっている。そのままにしておいて、グラグラと不安定なバランスを取りながら、なんとか壊れないように僕を支えている椅子に座りながら、そのまま文庫本を読み進めていると、女性店員がブレンドコーヒーを運んできた。丸いトレンチからコーヒーカップを僕のテーブルに置こうとした時、彼女の手が少しだけバランスを崩して、大きな音とともに僕の目の前でコーヒーがこぼれた。コーヒーの雫がいくつか僕の白いトレーナーにかかって茶色い染みを作った。女性店員は慌てて謝り、すぐに布巾を持ってきてテーブルの上を拭いた後、新しいコーヒーを持ってきた。僕はそれよりも、コーヒーのマグカップが安っぽい既製品の大量生産された白いマグカップに変わっていたことに驚いていた。 


 肩を落としながら一階に降りていく彼女の後ろ姿を見つめながら、夢で見た彼女の顔を思い出そうとするが、ここで夢は夢として記憶の片隅で形を変えながら、僕は彼女の顔を思い出すことはできなかった。ちょうどBGMがフランクシナトラのStrangers in the nightに変わった時、一つの季節の終わりのような優しい風が吹いた。


睡眠の質をあげようと、睡眠に投資をすると決めて、新しいベッドとマットレスが昨日の午後に届きました。テンション上げるためにおしゃれなレコードを聴きながら寝ようと思い、フランク・シナトラのStragers in the nightを聴きながら眠りについたら、変な夢を見ました。

 ちなみに夢占いによると、

「逃げる」
現実逃避を示し、現状から逃れたいと思っているようです。

「川」
流れが急だったり川に異変が起こるような夢なら、気が焦っていたり心に余裕がない状態を示しています。また何らんかの警告を促している場合があります。

「川に流される」
激しい感情を示します。また何かに強く圧迫感を感じているのかもしれません。

「濡れる」
びしょ濡れになる夢なら注意が必要です。予定外の出費など不運に見舞われるかもしれません。

との事なので、今日は家でゆっくりステイホームします。
Ryosuke Takahashi

オンラインシェアハウス Kaede Apartmentの管理人です。
95年 北海道生まれ、道南在住
趣味は、旅、映画鑑賞、読書、カフェ巡り

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