住民が止めた原発:4)反対派住民ら、2000人の座り込み
体張らねば止められぬ
1994年12月15日、ふだんは静かな漁師町が異様な雰囲気に包まれていた。中部電力が計画した芦浜原発の立地の前提となる海洋調査の受け入れをめぐり、南島町の古和浦漁協でこの日、臨時総会が予定されていた。中電は、すでに海洋調査補償金の前払いとして2億円を漁協側に渡していた。総会に出席する組合員が入れないようにするため、反対派の住民たちが早朝、漁協の建物を取り囲むように座り込んだ。
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古和浦の反対派住民の小倉紀子さんが前夜に漁協前を通ると、すでに別の地区の住民たちが座っていた。声をかけると、知り合いの一人から、「(近くの)道路は警察の車でいっぱいやで」と言われた。
一人でも多く加わる必要があると思い、軽装のまま冷たいアスファルトに腰を下ろした。
夜が明ける前の午前6時ごろのことだ。「ザクッ、ザクッ、ザクッ」。周りが暗い中で響いたのは警察官らの足音だった。坂の上から列をなし、足並みをそろえて近づいてくる。
漁協を取り囲む住民らは2千人ほどになっていた。前列に女性たち、後列に若者たちが座り込んだ。
「私らが何を悪いことしたんや」「もうだまされへん」「総会が開かれたらおしまいだ」――。住民らは叫んだ。目には涙を浮かべる人もいた。
腕を固く組んだ住民たちが一人また一人と、警察官たちに引き抜かれていく。「とにかく建物の中に入れたら終わりだ」。小倉さんは必死に抵抗した。
母親たちも長い夜を明かした。古和浦の反対派住民の磯崎淑美さんは、近所の住民たちと、徹夜で座り込む住民らのためにおにぎりやおでんの炊き出しをした。「私らは母親として子どものためにやってんだ。負けてられない」
最長18時間の座り込みの末、臨時総会が流会になったことが伝えられると、大きな拍手が起こった。
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「南島町の反対派による実力阻止は計画が浮上して以来、2度目でした」。伊勢市から座り込みに加わっていた柴原洋一さんは当時を振り返る。
1度目は「長島事件」と呼ばれる出来事だ。66年9月、視察のために訪れた中曽根康弘氏(故人)ら超党派の国会議員団が乗った船を、漁師たちが漁船で取り囲んだ。このとき反対派の漁師30人が逮捕され、25人が起訴された。
柴原さんは「体を張らないと原発は止められない。きちんとした原理や理論を述べても無駄。それが僕が見たこの国の民主主義の現実だった」と憤る。(大瀧哲彰)
※南島町は2005年に近隣自治体と合併して南伊勢町になっている。
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